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ゴジラ君の冒険 |
僕としては苦し紛れの悩みの表現活動でしたが、1980年代の半ば当時の京都市立芸術大学や東京藝術大学の学生に与えた影響はかなり大きかったようで・・・考えてみると当時このようないわゆるフィギュア系の作品や着ぐるみ系の作品が展覧会という場に出品されるのは前例がなく、かなり画期的だったみたいで・・・あとあとの現代美術の状況の変化にかなり関与した表現になっているのが面白いですね。 | |
1984年11月〜12月 |
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ある日、彫刻作品を作りたいと思いつき、友人と話をしていた。 「何がつくりたい?」 ある友人がこう答えた。 「昔からゴジラの着ぐるみが作ってみたかったんだ!」 「よし、作ろう!」 |
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僕の下宿がゴジラ製作所になり、材料の調達をはじめる。お金がないのでほとんど拾ってきたもので作る。 みんなでつくる作品は楽しい。 |
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数週間の悪戦苦闘の末、ゴジラの着ぐるみが完成! しかし、つくったはいいけど、・・・どうしようか。 とりあえず芝生のベッドで昼寝。 |
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とりあえずやることがない。 「僕はなぜ生まれたのか?」 ・・・と悩んでみたりしても、答えは出ない。 とりあえず、木陰で昼寝。 (実は、この写真を撮影した日、山下洋輔=ジャズピアニストのバックで友人から集めた不要の作品を燃やし続けるというパフォーマンスをゴジラの着ぐるみを着て行った。熱かった!燃えそうだった。 写真はないが演奏のテープはあるなー。途中で消防車が来たけど、怒られなかった。) |
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寝てても仕方ないので散歩してみることにする。 (ここから下は東京芸大と京都芸大の学生の交歓展「フジヤマゲイシャ」というふざけた名前の展覧会の企画で赤坂のギャラリーKでパフォーマンスを行ったときの写真。当時学生だった宮島達男とか野村和弘とか高橋悟とか恵原さんとか島さんとか写っていますね懐かしい。) |
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ここは赤坂の街。 赤坂には有名人が多いらしい。 |
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京都の街を歩いてみたときは子どもたちの人気者だった。 しかし、赤坂の街の人は冷静で忙しそう。 (ゴジラが持っているのは車の多い街を歩くために必需品の安全の旗とお買い物のメモ) |
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夜のネオン街ではだれも注目してくれない。 | |
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とりあえず、おなかすいたので マクドナルドに入ってみた。 |
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「いらっしゃいませ」 「何にいたしましょうか。」 驚かれるかと思いきや、さにあらず。 ごく普通の応対! やっぱり東京は違う。 |
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「ご一緒にポテトはいかがですか〜?」 僕は紙に書いた注文とお金を渡す。 |
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当時僕は「はだかの王様」の話が気になっていた。 心の美しい正直者にしか見えないという特別な王様の洋服! それを仕掛けた詐欺師。 それをあばいた子ども。 |
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美術とかアートとか言われている作品は、「はだかの王様」の洋服みたいなもので、実は何でもないのではないかという単純な疑問。 自分が身に着けようとしている美術という事に対しての疑い。 |
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僕がゴジラの着ぐるみを着ることで、僕が僕じゃなくなり、ゴジラという有名な存在になれるという単純な仕掛け。 だから何なんだ?! 表面がゴジラになったからといっても、中身はつまらない僕でしかない。 そんなことをうだうだ話していた。 |
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しかし、ゴジラという存在は面白い。彼は巨大で大きいから、単に散歩しただけでビルを壊してしまう。人に迷惑をかけてしまう。周りからせめられる。 彼は何をするでもなく、散歩しているだけなのに。 彼がもし、アリのように小さかったら・・・。 (・・・映画にならない!) |
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と、悩んで散歩しているうちに、あるものと出会う。 | |
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見つめ合う二人。 悩みの音楽を奏でるゴジラと、 楽しい音楽を奏でる魚の頭。 |
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出会うことで、何かがはじまるということに気づき始めた瞬間! (ふたりを〜 ゆうやみがあ〜 つうつむう〜 このまどべに〜・・・) |
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とまあ、こんな感じのパフォーマンスだかなんだか不明の作品だかなんだか・・・を行いながら、このゴジラの着ぐるみで、いろんなところを動き始める。いろいろな人と出会う。いろいろな人と語る。
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追記 |
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ゴジラ製作: 吉川哲郎、藤田英之 写真撮影:幡山正人 |
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