Fuji, Hiroshi Works


藤浩志の以前の作品をそこにある写真を少しだけ紹介。
いろいろ抜けています。 

そのうち整理し、おいおいそれぞれについてのお話を紹介します。
時間があるかな?

 

鴨川泳いだこいのぼり

1983年8月、京都鴨川三条大橋下あたりに無許可で設置し、撤去された表現。一応これがデビュー作?

詳しくは http://www1.linkclub.or.jp/~fuji/carp/index.html

 

我輩はコミュニケーションできない猫になってしまっていた

1983年京都河原町周辺の店舗の前に1体づつ設置してゆこうとした作品
70体近く染めて制作したが、ことごとく断られた。

 

 

なまずの群像建設未定地

なまずの群像を作り続けるふりをする表現。
1983年 千葉県我孫子市手賀沼周辺

 

 

12m×12mの鳥の染色物作品

1984年頃 天井の鳥が大阪の現代美術センターでの「披露宴」の作品
地面の鳥が牛窓国際芸術祭主っ品作品
なんと説明をしてよいものか。

 

ゴジラ君の冒険

1984年当時の表現 ゴジラの着ぐるみを制作し、いろいろなところを散歩した。
写真は東京赤坂のマクドナルドと東京藝術大学の展示室
ちなみにゴジラは悩みの音楽を流している。

 

ゴジラとハニワの結婚離婚問題

1985年 大学院修了の研究課題は「ゴジラとハニワの関係」
エネルギーあふれるゴジラ君と権威の象徴で中身がからっぽのハニワさんとの恋愛問題
当時は結構必死で戦っていました。大学院の卒業式の時にサブソングを歌いながら
芸大の池に沈めるパフォーマンスを行った。このハニワはまだ京都芸大の池にいるとか。
同時に「ハニワ伝説」という漫画ちらしを配り、芸大のハニワに注意するよう後輩達に伝えた。


カメハニワの棲む島

1985年、TAMAVIVANT出品作品
言葉を発しないカメがハニワの冠をかぶっているカメハニワというキャラクターを制作
生命として「生きる」事と社会的に「活きる」ことを「生活」と捉え、その2つの「いきる」関係を
単純なカメハニワの成長をモデルに、捉えようとしていた。




松ノ木の憂鬱

1985年制作 永遠に伸びつづける老松のヌイグルミ
京都の借家及び、横浜市民ギャラリー「今日の作家展」出品作品

「成長することの意味?」について国家、企業、組織、個人というレベルを想定し、
それぞれの関係について疑問を感じつづけていた頃、京都の善峰寺にある30mの長さの
老松に感動し、その実物大のヌイグルミを当時住んでいた京都の借家に再現した。

皇太子、皇太子妃、その息子の肖像

1986年原美術館での「ハラアニュアルIV」出品作品

国際協力事業団の青年海外協力隊員として開発途上国に赴任する前の訓練期間中、
東宮御所で当時の皇太子、皇太子妃、 浩宮を訪問した。そのとき使用したのが日光月光の間
その部屋の壁画を記憶で再現し、 日本を離れる前日に日本の記憶として原美術館に展示した。
浩宮が濃紺にピンクの水玉の柄のある太目のネクタイをしているのが気になり、それについて
歓談の中で質問した。「あまり派手なものを身につけることができないもので」と答えてくれたが、
僕としては十分に派手だと思っていた。 その些細な会話がとても気になり、息苦しかった。

 



1987-88年、パプアニューギニアでの表現

なんと説明してよいか。これも話が長い。飛行機とcrossの原型。
cross? についてはこれから深めます。

 

戦闘機を轢くヤセ犬

1988年パプアニューギニア国立博物館での展覧会ではじめてヤセ犬が登場!
ヤセ犬についてはその後ずっと付き合うことになります。
そんなこと予想しなかった。
ヤセ犬についてはこちら


ドラゴン屋台 

1981年制作作品を使った屋台(写真は1994年鹿児島西田橋)
鹿児島で石橋の解体に反対する運動を行っていた頃

 




101匹のヤセ犬

1996年東京ビッグサイトでの展覧会



カイトプロジェクト

1996年パキスタンのラホールでの国立芸術大学の学生と行ったワークショップ
広島の灰塚のプランの実験をパキスタンの喧嘩凧で有名なラホールで行った。

このプランもまだやりかけ。灰塚ダムの完成がそろそろ迫っている。





サイクルリキシャ

1998年 インド モディナガルにてリキシャを借りてペイントし、
現地の子どもたちを乗せて街を歌を歌いながら走り回った。
サイクルリキシャについてのりサーチが目的。
都市部に人力(低速)専用道路を整備する計画のためのデモンストレーションと位置づける。






うたう

とにかくどこでも歌いたい。声を出したい。いろんなところでいろんな形で、いろんなやりかたでうたう。






公庭は素晴らしい


1998年福岡市博多区御供所小学校跡の校庭
7000個の灯篭を並べて地上絵を描く祭りのデモンストレーション

この後この手法は地域の人に引き継がれ祭りは驚くほど展開してゆきました。
その後の地域の活動はこちらで見れます。
http://toumyou.hakata.net/




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